チバPのブログ

もう、このまま突っ切るぞーヽ(*´∀`)

拒食症をテーマにした小説って少なすぎませんか?

こんにちはー、チバPです。

近頃、うつ病や、発達障害をテーマにした本を多く見かけるようになりましたねー。

今まで一般的では無かった病気について、認知度が上がるのは良いことだと思っています。どうしようもなくなってから気がついても、不幸なだけですからね。

と、いうことで、「拒食症」ですよ。

本が少なくないですか?

エッセイマンガとかでも無いですよね?チバP的にこれはどうなんだろう?と思っています。

「拒食症」は知識の、あるいは経験の少ない、特に思春期を迎えた子供が陥りやすい病気です。

実際に、チバPも中学生の頃に、重度の拒食症にかかりました。

なぜ重度にまでなってしまったかというと、「知識が全く無かったから」です。

普通の内科を受診しても意味は有りませんでした。病院の先生にも知識が無かったんですね。

今は当時よりは一般的になってはいると思いますが⋯まだうつ病発達障害に比べて、認知度は低いですね。

うーんと、この拒食症なんですけど、そうなってしまう背景には、うつ病発達障害が潜んでいることがあるんですよ。チバP的には多いと思います。潜ませている人。

うーん。なんて書けば良いのか⋯チバPは経験者として、あの食べ始めた頃からの壮絶な苦しみを伝えたいなーっと思っています。

どうして伝えたいかと言うと、今、現在苦しみの中に居る人に共感してもらい、ありきたりかもしれませんが、自分だけではないと知って頂きたい。そして、あの365日、24時間続く苦しみについて、拒食症患者のご家族の方にも知って頂きたいからですね。

今回載せる小説は、1年前にチバPが書き物を書き始めた頃に一応「児童文学」を意識して書いたものなのですが⋯文学的になりすぎてしまい、お蔵入りとなっていたものです。

チバPは「読み返し」が苦手なので⋯チラリとは覗きましたがほぼそのままに載せたいと思います。やれやれ。ちなみにですけれども、チバPには、うつ病発達障害(グレーゾーン)もしっかり潜んでおりました。

うつ病の方は自分では寛解に近いと思っていますが、一応現在も治療中です。

発達障害の方は、脳に存在する神経細胞の分布量の問題だったと思うので、どうしようもないですね。なるべく苦手なことは避けたりすることでつきあっています。

では、本題?の小説です。読んでみようかなー、と思った人も、思わなかった人も、チラッと覗いてみてくださいな。

 

石ころと私 

入院するまで気が付けなかった。

違う、入院しても気にすることは無かった。

私の脳みそを支配していたのは、痩せること、そして食べ物のこと。この二つ。

拒食症という病なんてどうだっていい。

私はただ、痩せていたいだけなのだから。

 

私が私でなくなったのは、きっと、中学生になった時。

制服からはみ出る、太い脚が嫌いだった。

横から見た自分の体型が醜く見えた。

学校ではいつも緊張して、私は私がどう見られているかばかり気になった。

原因はきっと、私が私を恥ずかしがっていたせいだったと思う。

男の子にからかわれて、机を蹴られたり、名前を言われて笑われたり。

悔しくて、怒りが湧き上がって、見返してやりたいと毎日考えて、学校へ行き続けた。

そうだ、この時から既に私は私じゃない。

捨てていた。

私は私の気持ちがいいという感覚や、安心するという心地良さを。

違う。捨てさせられたんだ。

 

退院して中学2年生になった私。

いわゆる、保健室登校を始めた。しかし、依然として体も心も衰弱しきったままだった。

病院は私を本当の意味では治してくれていなかったのだ。

長期にわたる栄養不足によって委縮した私の脳みそが私の身体や意識に下す命令は、私を決して心地良くなんてさせなかった。

家から中学校までの2キロの距離を、私は運動するための好機ととらえ歩いた。

痩せたいという渇望は、日々私を責めたて、したくもない運動へと急きたてた。

「苦しい。でも、どうすればいいか分からない。やりたいことはただ一つ、痩せたいの。私は私を好きになりたい。好きでいさせてほしい。」

学校からの帰り道、私は今日食べたもの、これから食べるであろうものの事を思い浮かべ、周りの景色をただ目に映しながら歩いていた。風の心地良さを感じる心などどこにも在りはしなかった。

そして、私は5cm程のつるりとした石を踏みつけた。

少しだけ驚いたが、私は構わず歩き続けた。石なんて明日の天気くらいどうでもよかった。

「転べ。」

声が聞こえた。

「え?」

私の濁った脳みそは、自身の危機を察知したのか一瞬だけ澄み渡たり、身体の緊張という拘束を解くことで私の気持ちを軽くした。常に緊張を強いられていた身体は、脳みそに起こった不意の気分の転換により、通常とは逆の反応を起こしたに違いない。

「私を踏んだ奴なんか、すっ転んで頭を打ちつけてしまえば良いのに。何のために私の体はつるつるしているのかしら。踏んだ人間を次々と転ばせるために決まっているのよ。」

今までの人生がとても良いものであったと感じてしまうほどの恐怖を私は感じた。

それでも私の濁った脳みそは私を最適であろう行動、つまり、逃走することを私のために選んではくれなかった。そして、私の脳みそは、つるりとした石に声をかけるという最も危険な行動を取らせるように、私に命令を下した。

「私はあなたに呪われてしまうの?」

石は黙っていた。私はふと考えた。もしかして今の声は私の幻聴であるのかもしれない。私はこの苦痛を生み出し続ける脳みそのせいでストレスという目に見えない悪い物質が私の身体に蓄積し、私の耳を狂わせてしまったのだ。

「呪うですって?そんなことを起こせるほどの力を私がもし持っていたとしたら、とうに唯一の生きがいの様に私を念入りに踏みつけていくじじいと私を蹴飛ばすということにしか目標を見いだせていない小僧をすっ転ばせて思いっきり頭を地面に打ちつけさせているわ。安心して、きっと呪われているのは私だから。あなたじゃない。私はあなたを呪ったりなんかしない。ねえ、あなた、私を助けてくれない?私、困っているの。とてつもなく。」

「本当に石が話しているの?それとも私の耳が狂ってしまってこんな声が聞こえてくるの?私、分からない。助けてほしいというのは私の脳みそが言っているの?私、苦しくて苦しくって助けてもらいたい。私の脳みそは助けてもらいたいの?」

「本当に石が話しているのよ。そして、助けてもらいたいのはあなたが今見つめているつるつるの石、つまり、私。あなたの脳みそでは無いわ。私はね、あなたに助けてもらいたいけれど、多くのことを一度にあなたにしてもらおうなんて欲張りなことはちっとも考えてはいないわ。今、私が望んでいることはたった一つ。バンビのような脚を持つあなたの部屋に小さな私が落ち着ける居場所を作ってもらいたいの。難しいことでは無いわ。あなたはその小枝のような指で私を拾いあげ、そのおせんべいのような手のひらで私を包み込む。ね、まずはここまで。さあ、やってみなさい。」

「私は私の手のひらをおせんべいのようだなんて考えたりしない。本当に石が話しているのね。ねえ、石さん、本当に私を呪ったりなんかしないの?私、あなたを踏みつけてしまったけれど、怒っていないの?」

私はつるつるとした石さんを指で拾いあげ、手のひらで包み込みながら話かけた。私は私の具合の悪い脳みそが、少しだけ調子を取り戻すことを感じた。きっと私は楽しくなっている。今、私がしていることはきっと恐ろしいことに違いないのだけれども、私の脳みそは確かに調子を取り戻した。それは意識すれば消えてしまう程のものであった。しかし、私の脳みそはそのささいな感覚にしがみついてしまう程、具合を崩し、疲れ果てていた。つまり、私の脳みそが私に下した、石さんを拾いあげるという命令は、私の脳みそにとっては最適であったということである。

「一度踏みつけられたくらいで怒っていたら、石なんてやっていられない。私はね、一週間も石をやっていたの。そして今現在も石をやっているの。石でいることの極意は二日目にして極めてしまったから心配御無用よ。そして、救出を待ち焦がれ過ぎてご覧のように真っ黒になるほど待ちに待った私を助けてくれた恩人、つまりあなたを呪うなんて例え地球が太陽にぶつかったって起こる訳が無いじゃないの。私、ずっと、ずっと助けが訪れることを待っていたの。でもね、ただ待っていた訳じゃないの。私なりの努力を続けながら待っていたの。どのような努力をしていたかについては、今は話さないでおくわ。今話さなくたって良いことだと私は思うから。そして私が今あなたに話すべきことは二つだけ。私の名前は石さんではなくて良子。良子さんと呼んでちょうだい。そして私を拾ってくれてありがとう。」

私の脳みそは恐さと嬉しさと興奮で熱を持ち始めていた。そして、私は私の身体がふらふらと揺れている感じを味わった。きっと私の身体を駆け巡るはずだった血液が私の脳みそに留まってしまったのだ。濁った脳みそはいつでも不都合を起こしてしまうものなのである。血液を自らの身体つまり、脳みそという身体に閉じ込めてしまうくらい当たり前にしてしまうのだ。

私は家までの残り約1・2キロの道のりを、なるべく平静を保ちながら歩行し続けた。大丈夫。私はこれくらいで死なない。いつものこと。私の不都合な脳みそが不都合なことをしているというだけ。良子さんは私の手のひらの中で静かに息をしていた。私はきっと大丈夫。だって私は一人じゃないのだもの。いつものように私の脳みそが私をいくら痛めつけようと、私には良子さんがいてくれる。そう、私は絶対に死なないし、良子さんは私を絶対に呪ったりなんかしない。

「良子さん、私は良子さんの助けにはきっとなれない。決して私の脳みそが許してくれないから。でも良子さん、私は良子さんの味方だし、きっと良子さんも私の味方になってくれる。だから、私は大丈夫。私は死んだりなんかしない。私はもう一人じゃないし、良子さんも一人じゃない。」

「いいえ。あなたは私の助けになってくれている。あなたの脳みそが許してくれなくたって知ったことじゃないのよ。そうね、私はあなたの味方。あなたの脳みその味方にはならないけれど。そして、あなたは絶対に死んだりなんかしない。私があなたを死なせる訳が無いもの。それにもう一人になるなんてまっぴら。本当の一人ってこれ程まで苦しいものだなんて初めて知ったわ。今まで大切にしてきた一人の時間なんてくだらない遊びだったのね。」

午後12時を知らせる音楽が町中に響いていた。

私の脳みそは私を絶望に落とし込む程の、食べ物に対する「飢餓」を絶えることなく私に感じさせている。私は耐えることを絶えず強いられ続けている。

信号が赤から青に変わるまで待つ。向かいに立っているサラリーマンの人がきっと私を見ている。私の脳みそが私の筋肉と関節に命令している。普通に立つことただそれだけを望む私をいじめるために。

 「ただいま。」

家に帰って来た時の安心感が今日はひときわ大きく感じられた。昨日まで、違う、今日の朝までの私と今の私はもう別の人間になっている。だって、私の味方で、私の脳みその味方では無い良子さんが私の手のひらの中に居てくれている。

「良子さん、着きました。私は待ち焦がれてすっかり黒くすすけてしまった良子さんの身体を水で洗い流してしまいたいと今、思い付きました。どうでしょうか。」

私は洗面所に向かいながら良子さんに提案してみた。相変わらず、私の脳みそは絶えず飢餓を私に与え続けている。

「良い提案をありがとう。お頼みするわ。すすけたままじゃあ気分が良くないもの。」

私は良子さんのつるりとした身体を除菌効果の高い手洗い石鹸で念入りに洗い、良子さんの黒いすすけはすっかり洗い流された。良子さんはますますつるりとした姿を見せ、紺色と透き通るような白色が混じりあった素敵な色を私の目に映し出してくれた。

「良子さんはとてもとっても綺麗な姿をしているのね。宝石みたい。私、こんなに素敵な石を生まれて初めて見ました。きっと、ラピスラズリという宝石はこんなふうに美しい色をしているに違いないと、私、思います。」

「ありがとう。嬉しいわ。気分もさっぱりしたし、綺麗だなんて言ってもらえて。あなたに拾いあげてもらえて良かった。不運だと嘆いていたけれど、幸運だってしっかりあるものなのね。そういえば、あなたの名前を教えてもらいたいわ。名前を聞き忘れるだなんて、私ったら長いこと身体がすすけていたせいで頭までどうかしてしまっていたみたい。きっと石でいることの極意なんて要らないものを習得したせいでもあるわ。」

「私の名前は瑠璃子です。瑠璃色の瑠璃です。ラピスラズリも瑠璃色をしているのです。私は良子さんの色の名前を持っています。私と良子さんはきっと出会う運命だったに違いありません。良子さんがいてくれたら、きっと私は私の脳みそが与え続ける苦痛から逃れられる。私の脳みそは救われる。今度は私が焦がれて、救われたいと願い焦がれて、黒くすすけてしまう番かもしれません。私は今、私の脳みそが飢餓に苦しむ悲鳴を身体で受け止めています。私は飢餓から逃れたい。私は食べ物から逃れたい。私は、私はこの棒のような脚が大好き。でも、私の脳みそは私を激しく責めたてます。飢えを私に与え続けます。食べ始めれば、治ろうとしさえすれば、私は幸福になれるのだと思っていたのに。ますます私の脳みそは苦しみ、悲鳴をあげ始めました。今まで叫ぶことが出来なかった。だから、だからきっと悲鳴をあげ続けているのだと、今、思い付きました。気が付いたのです。でも、だったら、私はどうすればいいの?私は悲鳴をあげられない。私の悲鳴を受け止めてくれるものは無い。私は私の脳みその叫びを聞きながら苦しみ続けるしかないの?」

話をしているうちに、私は涙を流していた。涙は私のメガネのガラスを白く汚した。私は泣くことが嫌いではない。涙は私の身体に蓄積されたストレスという悪い物質を一緒に取り出して身体の外に出てくれる。

「瑠璃子。良い名前。そうね、あなたはもう既に願い焦がれてすすけてしまっている。見えないけれどあなたは真っ黒にすすけてしまっている。でもね、脳みそが悲鳴をあげてしまう程苦しんでいるあなたには、起こって当然の焦がれよ。あなたは一人ね。あなたは一人よ。あなたの脳みそはあなたにだけ聞こえる、あなただけしか聞くことのない悲鳴をあげているのだから。私は瑠璃子を必ず救い出す。瑠璃子も瑠璃子の脳みそも。私は瑠璃子の脳みそも救い出す。一つだけ。私が瑠璃子を救い出すために必要なことがあるの。救われたいと真っ黒に願い焦がれるあなたにはとても難しいことだけれども。瑠璃子、あなたは一度に多くを望んではいけない。一度に救われる、一日で救われる救いなんて無い。」

私は良子さんと約束した。私は一度に多くの救いを望まないということを。たとえ心の中で望んでいたとしても、良子さんに求めてはいけないということを。

涙で汚れたメガネと顔をたっぷりの水で洗い流して、私は今日の救いを一つ手に入れたことを感じた。さわやかという感覚を私は思い出すことができた。

 

食事は生きるために欠かせない行為である。

生きるための行為を自らの意志により拒絶した私は罰を受けるべきなのであろうか。

でももし、もしそうなのだとしたら、私を、罰を受けるべき行為に導かせるに至る私の意志を造り上げた世界、社会、学校、家庭。その者たちも罰を受けるべきなのだろう。

「いいえ。違う。瑠璃子。あなたは罰なんて受ける必要はちっともない。罰なんて、罰なんて悲しいことを言ってはいけない。瑠璃子には不要なおぞましい言葉。そうね、そうかもしれないわね。あなたを、あなたの脳みそと身体と心を痛めつけた世界、社会、学校、家庭。でも瑠璃子、本当は違うのでしょう?とても好きで、受け入れて欲しい。とても嫌いで、一緒になんていたくない。ただそれだけ。あなたはきっと、好きがみんなよりもちょっとだけ大きかったのね。だから嫌いもちょっとだけ大きいの。違うわね、私があなたに伝えたいことは違う。そう、違うの。私が瑠璃子に知ってもらいたいことは、そうよ。あなたはそんなこと考えなくたって良いってこと。世界も、社会も、学校も、家庭も。あなたは決して考えなくても良い者たち。」

 

お昼ご飯という私の一日の中で最も不快な行為を済ませた後、私は私の脳みそによって昨日と似ているが全く異なる罪悪感と、未だに消えない飢餓感に苦しめられ、他の人から見ればぼんやりと、私にとってはこの世の終わりともいえる程の真剣さで、どうすればこの苦しみから逃れることが出来るのかを日々新たに考えていた。私のお腹に収められている、私の意志によって逃げようも無く痛めつけられ、衰弱を経験した胃と腸は、食事の度に不具合を起こし、私の脳みそに自らの苦しみを訴えかけた。

なすすべは在ったが、自らの苦しみを慰める術を眠ることによって、あるいは救いの言葉を本の中から探し当てることによってのみ得ていた私は、良子さんに救いを求めたいと何度と無く願った。しかし、私は良子さんに昼食、そして昼食後の苦悩を一言も知らせることは無かった。

私に襲いかかる生活するうえでの障害が今日もまた始まった。

「私は私の命、私の時間というかけがえのない命を無為にしてしまっているに違いないのです。私はいったいどうすれば有意義と名付けることの出来る時間を過ごせるのでしょう。良子さんに多くを求めてはいけない。心の中で願ったとしても求めてはいけない。これは独り言です。良子さんという聞き手が存在するというだけの独り言です。とりとめの無い会話をしましょう良子さん。独り言はやはり独りで言うべきことです。」

「あなたに出会うまでの間、私はあの小汚い道にぽつりと転がっていたの。ぽつりとよ。私は何かを手にしていたのかもしれない。私は転がるしか術を持たなかったの。そうね、転がるしか術を持たないということを手に入れていたのね。唯一のことを私はしていたの。出来る全てのことを私はしていたのね。まるで理想の生活よ。私にとっては不幸であったけれども。」

「とりとめの無い会話とは難しいものなのですね良子さん。私は良子さんの話に良い返答を送ることが出来そうにもありません。出来る全てのこと。全て。私はきっと地球の裏側に回り込むことも出来てしまうかもしれません。飛行機に乗れば、飛行機に乗りさえすれば私はそう出来てしまう。全て。私が出来る全てとはとてつもなく大きな、多いことだったのですね。ラピスラズリが出来ないことも私には出来る。不思議なことです。良子さんは不幸であったのですか。まるで理想の生活が。まるで理想、偽物の理想、本物の理想とはどのような姿をしているのでしょう。転がるしか術を持たないことがまるで理想。そんなことが理想になってしまうのですね。ああ、違う。偽物の理想でした。だから良子さんは不幸だったに違いありません。偽物の理想だったのですからね。本物の理想というものについて話をしましょう良子さん。でも、私には休憩が必要なようです。私の脳みそが不満を言い始めたのが分かります。」

私は階段を下り、台所に入ると、コップ一杯の水を飲んだ。

とりとめの無い会話という行為は、とても気力を要するものであると実感した。私の骨ばかりのごつごつとした肩は引きつり、私の耳の中はごるぐると奇妙な音をたて、私の脳みそに不快という信号を送っている。

「きっと私はとりとめの無い会話によって疲労したせいで、血液の循環を円滑に行うことが出来なくなっている。きっと水分を摂取して安静にすることが唯一の血液循環を良好にさせる手段に違いないの。糖分の摂取も必要な気がするけれど、私の脳みそが私を騙しているだけなのかもしれない。すぐに信用すると、恐ろしく後悔するはめに陥るの。私の脳みそは私をいつもいつも騙そうとしている。食べ物を食べさせようと、操ろうとしている。私はきっと先延ばしにして様子を見なければいけない。具合は確かに良くはないけれど、大丈夫。私はきっと死にはしないの。こんなことで死んでしまうこともあるかもしれないけれど。無い。きっとこんなことで死ぬことなんて無い。在るわけが無い。良子さんが私を決して死なせる訳が無い。私に必要なのは、安静。ただそれだけ。」

私は冬座布団を三枚敷くと横になった。疲労した私の脳みそは私を眠りへと導いた。

目が覚めるとせっかちな時計が夕方の4時であることを私に示していた。そして、私の身体の上には一枚のタオルケットと、一枚の毛布が掛けてあった。

「気分というきっと形の無い霞のような不気味な存在に、また私は苦しめられている。私の濁った脳みそはきっと不気味な霞を食べているの。濁った脳みそというのは、どうしようもなく不都合な脳みそなのね。」

青色のタオルケットと白色の毛布をたたみ、くすんだ赤色の冬座布団を重ねた。

私は淹れてもらった緑茶を飲み、勧められたお菓子を吟味して一つだけ食べた。

綺麗な紫色の夕方。私の脳みそは一瞬だけ、意識をすれば消えてしまうくらいささやかに、自然の生み出した澄んだ紫色にゆらりと動かされた様である。

電燈の明かりの下、私は布団の上に座っている。

「理想について、本当の理想についてのお話でしたね、良子さん。気分という霞の様に、それ以上に難しい。よく聞くところでは、人によって違うと。人によって違う本当の理想。だったら、金魚にだって本当の理想は、そもそも本当の理想という霞は存在するのでしょうか。」

「ずいぶんと哲学的になってしまった様ね。知らないわ。考えるだけでバカらしい。あなたの濁った脳みそはバカらしい考えばかりぐるぐると生み出してしまうどうしようもない脳みそなのね。ラピスラズリに出来てしまうことはきっとあなたには出来ないのよ。人ね。人。人。人。霞の様なのはあなたの気分と本当の理想だけじゃない。人も霞よ。ああ、思い出したわ。さあ、とりとめの無い会話を再開しましょう。私、思い出したのよ。人についてのとりとめの無い話つまり愚痴。愚かで痴な話。あなたの脳みそには生み出すことが出来ないであろう都合の良いこと、人にとって都合の良いことを人はその口から言葉として吐き出すのよ。吐き出された人にとって都合の良いことを表す言葉たちのなんとおぞましく、痴なことよ。その汚れた言葉たちによって人は人の身体と脳みそと心を汚い色に染めているの。震えだしてしまう程汚い色なのよ。思い出しただけで背中がぞっとしているのが分かるわ。」

「人も霞。人も霞なのですか。霞の様に消えていく。爪あとを残すなんてきっと不作法です。良子さんにとってのとりとめの無い話とは愚痴なのですか。愚かで痴な話。とりとめの無い愚かな話。愚かとはどういうことなのでしょうね。悪でしょうか。悪なのでしょうか。」

「難しい話ね。愚かなことはきっと悪であるけれども、ほほえましい愛らしさも含んでいるわ。はっきりとはとても決められない。決めてはいけないのよ。もう寝ましょう。あなたには常に休息が必要なのよ。心を満たす休息が必要なの。私がいる。あなたには私が、瑠璃子には良子という支えがある。例え木星が跡形も無く消え去ってしまったとしても、瑠璃子を支えるのは良子なの。不変の法則よ。眠りましょう。」

私は私の脳みそが、私の頭を形作る骨格がすうと軽くなる感覚を味わった。それはとても気分の良い感覚であった。

私は布団の中に潜り込んだ。

「瑠璃子には良子さんがいる。瑠璃子を良子さんは支えてくれる。木星が消えてしまっても、良子さんは消えない。」

意味が消えてしまうほど、その言葉たちを私は頭の中で何度も何度も反すうした。

そして私は私の肩の引きつりが重荷を下したようにすうと和らぐ感覚を味わいながら眠りについた。

 学校という存在への抵抗が私の脳みその中に生まれたのは、小学校に入学した時、つまり初めからであった。

抵抗、学校という空間、学校という場所に関係することに対する抵抗。

抵抗に抵抗し続けた私。

私はきっと学校という居場所に立つべきではなかったのである。

私は保健室登校を終え帰宅した。

「ただいま。今日は一人で英語の勉強をしてきたの。」

「お帰り。語学は苦手。きっと私はセンスが無いの。勉強なんてするだけ無駄よ。」

「高校に行くために勉強しているの。好きではないけれど、嫌でもないから勉強できるの。センスなんて目に見えないもののことはきっと考えちゃいけないと思うの。如何にでも変えられてしまうから。」

「その通りね。でも、私は考えたりなんてしていないわ。感じて、知ったのよ。だから不変の事実なの。ところで、あなたの脳みそは今日も曇ってしまっているようね。あなたの眼、その眼が知らせてくれたわ。」

「その通りです良子さん。私の眼。そうですか。きっと私の眼も濁っているのでしょうね。脳みそは隠れてしまって見えないけれど。辛いです良子さん。」

私の見えているもの、感じているものは濁っている。

気がつかない。

気がつけない。

何もかもに行き詰って、全ての大切を壊してしまってきっと初めてわかるのだ。

私は壊すことを止められないでいる。

私の大切は、私の大切は?

「不幸って何なのかしら。幸せじゃないってこと。幸せって何なのかしら。幸せしあわせシアワセ。ふふ。今思い付いたのだけれど、辛いって漢字に一を足すと幸せになっちゃう。そんなわけないのに。皆みんなミンナ。皆なんてどうでもいいわね。あなただけ。重要なのはあなただけ。まるでわかってないのよ。きっと。あなたの不幸をわかっていないの。重要なのはそれだけ。」

「不幸ですか。きっと私は昔の私より不幸なのだろうと思います。きっとでは無いですね。絶対に不幸です。不幸って何なのでしょうか。昔の私は不幸では無かったのに。どうして不幸な私になっているのでしょうね。幸せじゃない今の私。幸せって何なのでしょうね。ああ、今の私は絶対に10秒前の私より幸福です。そう感じました。何故か爽やかな気持ちを感じました。ああそうか。不幸も目に見えないものでした。考えちゃいけない。どの様にも変えられてしまうから。良子さん、私は休憩します。嫌な時間が来てしまいました。お昼ご飯を食べなくては。また後で。」

「また後で瑠璃子。」

 

 

私は良子さんの横たわるベッドの横にいる。

私は病院の簡易椅子に座り、良子さんの寝顔を見ている。

頬がすっかりこけてしまった良子さんはすやすやと眠っている。

私は良子さんの綺麗な手を握った。伸びてしまった爪も綺麗だった。

そっと、私は良子さんにささやく様に話かけてみた。

「温かいです良子さん。私、一人で来ました。家には綺麗な石の姿をした良子さんがいます。不思議です。どうして良子さんの心は綺麗な石の中に住み着いてしまったのでしょうね。良子さんは良子さんに戻りたいと願っています。どうして叶わないのでしょうか。私、17キロも太りました。もっと太ってしまったかもしれないけれど、もういいのです。私、5年前に高校を辞めました。随分としがみついたのですけれど、辞める、辞めたことが私にとっては正解であったらしいのです。後々高卒の資格を取得するつもりです。するつもりというだけで、するかどうかは別なのですけれども。私には良子さんが居てくれたから、いつものように居てくれたから、私は日々救われています。私、精神科の病院にも通っています。やっと通うことが出来るようになれました。認められた、受け入れられた。私は私を大切に思うことが出来るようになれました。処方されたカプセルに入った薬のおかげで脳みその濁りはずいぶんと薄くなりました。我慢なんてちっともしなくてよかったのに。そうです。我慢なんて不要でした。気がつけたのです。綺麗な石の姿をした良子さんのおかげです。私は幸せです。どうしてでしょう。どうして良子さんは良子さんに戻ることができないのでしょう。」

私は病院を出ると、冬の始まりのスーとして爽やかな風が顔に当たることを感じた。

「人間でいることの幸せって、こういうことだったのか。」

良子さんに話してみよう。